2018/03/25
口腔癌で放射線治療を受けました。抜歯や歯科治療はできますか?
先日、ある男性からこんな相談がありました(質問内容をアレンジしています)。
家族が2年前に抗がん剤と66グレイの放射線治療を受けました。
口の癌(口腔癌)でした。
以前は、歯が丈夫でほとんど歯科医院にいったことがなかったのですが、治療の後からむし歯になりやすく、歯がボロボロになってしまったそうです。
ときどき腫れと痛みがあり、化膿止め(抗菌薬)や痛み止めを飲んでいます。
ネットで調べたところ、放射線治療を受けたら抜歯はできない、とあって驚きました。
何年ぐらい我慢したら、抜歯や歯科治療ができますか?
あともう一つ。
このまま炎症(えんしょう)が進めば、下顎の骨を切り取り、チタンのプレートや足の骨に置き換える大きな手術が必要になる、と先生に言われたそうです。
本人はかなり落ち込んでいます。
なるべく前向きな言葉をかけてあげたいのですが、なんて声かけてあげればいいのかわかりません。
どう対応したらいいのでしょう。
アドバイスをお願いします(30代男性)。
ご本人が一番つらいと思いますが、
力になりたい、というあなたの気持ちが伝わってきました。
今回は、口の癌(口腔癌/こうくうがん)で放射線治療を受けた後の抜歯や歯科治療で悩んでいる方のために書きました。
これから放射線治療を受ける方やご家族の方にもご参考になれば嬉しいです。
この記事では大きく2つのことをお話します。
一つは、放射線治療を受けた後の抜歯や歯科治療についてです。
もう一つは落ち込んだご家族にどう接したらいいかについてです。
早速、はじめていきましょう!
このページの目次
約3割!?放射線治療を受けたら歯を抜けない理由
放射線治療を受けると抜歯ができない、といわれるのはなぜなのでしょう。
抜歯は、放射線治療後に顎の骨の炎症(えんしょう)をおこす一番多いきっかけだからです。
口の中の癌(口腔癌/こうくうがん)などで、放射線治療を受けた後に歯を抜くと、約3割が顎の骨の一部が死んでしまう危険性があります(*1,2)。
医学の世界では、放射線治療を受けた後に顎の骨の一部が死んでしまう病気を「放射線性骨壊死(ほうしゃせんせいこつえし)」といいます。
専門用語なので以下の部分は読み飛ばして大丈夫です。
「放射線性骨壊死(ほうしゃせんせいこつえし)」は、英語でOsteoradionecrosisです。
Oseteo(骨の)/Radio(放射線の)/Necrosis:壊死(一部が死んでしまうこと)です。
ORN(オー アール ネヌ)と略されます。
むしろ覚えておいてほしいのは、一度、放射線治療後に顎の骨の一部が死んでしまうとほとんどが治らない、ということです。
放射線治療後に顎の骨の一部が死んでしまうと、顎の骨が腐って、口の中に出てきたり、歯がゆれて抜けてしまったり、赤く腫れたり、痛みがでたり、膿がでたりします。
では、なぜ全身の骨にはおこらない炎症(えんしょう)が下顎の骨にはおこるのでしょうか?
なぜ放射線治療後に下顎骨に炎症がおこるのか
なぜ下顎の骨に放射線治療後の炎症(えんしょう)が起こりやすいのでしょう。
顎の骨は、放射線のエネルギーを皮ふの約4倍も吸収します。
顎の骨は、放射線のエネルギーを多くあびると、内部がボロボロになり、元気がなくなります。
下顎の骨は上顎の骨に比べて、内部のやわらかい骨髄(こつずい)が少ないので、放射線のダメージをもともと受けやすいのです。
放射線治療後に顎の骨の一部が死んでしまった方の手術をしたことがありました。
顎の骨を切り取る手術をすると、顎の骨の内部は黒くボソボソしていました。
顎の骨を削ると、本来は血が出てくるのですが、顎の骨の一部が死んでしまうと、血が出てこなくなります。
なぜならば、放射線治療を受けると、顎の骨がダメージを受けて中身が変わってしまうからです。
切り取った骨を顕微鏡で見てみると、骨の中にある血管が詰まってしまったり、骨の内部のやわらかい骨髄(こつずい)が、かたい線維に置き換わってしまうのです(*2)。
放射線治療を受けた後に顎の骨がダメージを受けているとしたら、歯科治療を受けてはいけないのでしょうか?
OKな歯科治療とNGな歯科治療
放射線治療を受けたら歯科治療をしてはいけない、と勘違いされる方がいますが、むしろ積極的に歯科治療を受けることをおすすめします。
口の中にいる細菌が顎の骨に感染しない方がいいからです。
とくに放射線治療の後は、だ液をつくる組織がダメージを受けるので、だ液が減って口の中が乾きます。
だ液は、酸を中和したり、歯をコーティングしたり、抗菌作用で歯を守っています。
だ液が減ると、むし歯になりやすくなってしまうのです。
OKな歯科治療 | NGな歯科治療 |
むし歯の治療 | 抜歯 |
神経の治療 | インプラントの治療 |
歯周病の治療(手術を除く) | 歯周病治療の手術 |
入れ歯の治療 | 顎の骨にダメージがある手術 |
被せ物の治療 |
むし歯を放っておくと、細菌が歯の中を進んでいきます。
根の先に感染があると、細菌が顎の骨の中に広がりやすくなります。
だからこそ、放射線治療後には毎日のブラッシングとうがい、症状がなくても定期的なメンテナンスがますます大事になりますね。
むし歯や神経の治療、手術以外の歯周病の治療、入れ歯や被せ物の治療を受けましょう。
では、放射線治療後にNGな歯科治療を受けなければ、絶対に大丈夫かというと実はそうでもないんです。
詳しく見てきましょう!
ご注意。抜歯しなくても52%は放射線性骨壊死になる!?
放射線治療後にNGな歯科治療を受けなければ、絶対に大丈夫かというと実はそうでもないんです。
下顎の骨で放射線治療後に骨の一部が死んでしまった方を調べると、歯が一本もない方が52%だった、という報告があります(*1)。
歯を抜かなくても放射線治療後に骨の一部が死んでしまう危険性がある、ということです。
逆にいえば、抜かなくてもいい歯は無理に抜く必要がない、ということですね。
ただし2.5%という報告もあり(*3)、放射線治療後に骨の一部が死んでしまう危険性は2.5~52%と報告されています。
「口」はこれまでの生活習慣を現します。
一人ひとりの「口」の中は違うので一概には言えないのですね。
抜歯は、放射線治療後に顎の骨の炎症(えんしょう)をおこす一番多いきっかけで、約3割は抜歯がきっかけで骨の一部が死んでしまいます。
グラグラしていたり、治療しても治らず抜かなければいけない歯を放置しているのであれば、放射線治療を受ける遅くとも2週間前には抜歯したいですね。
総合病院や大学病院の歯科口腔外科、とかかりつけ歯科医院が連携をとって、「口」の中を管理をしていく「周術期口腔管理」が広まっています。
放射線治療や化学療法、手術を受ける前にかかりつけの歯科医院で歯科治療を受けることができますよ。
口の癌(口腔癌)の治療を受ける前にむし歯治療や歯周治療をきちんと受けておきたいですね。
治療法は!?放射線の範囲と治療後の期間
顎の骨のすべてが放射線治療を受けているわけではありません。
放射線治療のダメージを受けていない部分は、抜歯などのNGな歯科治療も大丈夫です。
放射線治療をしてくれた先生に確認すると、放射線治療の範囲がわかりますよ。
放射線の合計が50グレイを超えると、骨の血管がつまって、60グレイ以上で顎の骨の一部が死んでしまう危険性が上がります(*3)。
治療後の期間は、顎の骨の一部が死んでしまう危険性に差がない、と報告されていま(*2)。
下顎の骨は放射線のダメージを受けやすく、骨の内部が変わってしまいます。
つまり、放射線治療後の期間に関わらず、顎の骨の一部が死んでしまう危険性が一生ある、ということです。
もし、放射線治療後に骨の一部が死んでしまったら、治療が必要ですね。
まずは、化膿止め(抗菌薬)や痛み止め、洗浄を行って、つらい症状をおさえます。
腐った部分が顎の骨から分離されるまで、積極的な治療は行わず、洗浄や口の中に出た骨をとっていって、うまく治る場合もありますが、炎症(えんしょう)が進行する場合には、積極的な治療を行います(*4)。
高い圧で酸素を投与する高圧酸素療法(こうあつさんそりょうほう)と、顎の骨を切り取って、インプラントにもつかわれるチタンのプレートや骨で置き換える大きな手術をします。
励ましや応援はやめておけ!?力になれるたった一つの方法
最後にもう一つの質問、落ち込んだ家族にどう接したらいいかについてお話しますね。
無理に励ましたり、元気づけたりするよりも、あなたのように情報を調べてあげることもいいですね。
そして、なるべく耳を傾けてあげてください。
話したことをそのまま受け止めてもらえると嬉しいものです。
ご家族がそう感じたのであれば、それを否定する理由はありません。
医療者従事者には、限界があり、一人ひとりの話を聞く十分な時間がとれないことが多いので、ご家族しかできないことでもあります。
家族みんなで過ごせる時間をつくれたらいいですね。
話をしたがらなければ、一緒にいる。
一人になりたがっていれば、一人にさせてあげましょう。
それだけでもいいと思います。
「何か力になれることある?」こそが力になる、と私は思います。
まとめ
今回は、口の癌(口腔癌/こうくうがん)で放射線治療を受けた後の抜歯や歯科治療で悩んでいる方のために書きました。
放射線治療を受けたら歯科治療をしてはいけない、と勘違いされる方がいますが、むしろ積極的に歯科治療を受けることをおすすめします。
一度、放射線治療後に顎の骨の一部が死んでしまうとほとんどが治らないからです。
放射線治療後には毎日のブラッシングとうがい、症状がなくても定期的なメンテナンスが大事になりますよ。
抜歯は、放射線治療後に顎の骨の炎症(えんしょう)をおこす一番多いきっかけです。
でも、放射線治療後にNGな歯科治療を受けなければ、絶対に大丈夫かというと実はそうでもないんです。
歯を抜かなくても約半数は、放射線治療後に骨の一部が死んでしまう危険性があります。
だからこそ、無理に励ましたり、元気づけたりするよりも、あなたのように情報を調べてあげることもいいですね。
そして、なるべく耳を傾けてあげてください。
「何か力になれることある?」こそが力になる、と私は思います。
これから放射線治療を受ける方やご家族の方にもご参考になれば嬉しいです。
参考文献
*1水野 明夫, 石橋 克礼,他:下顎骨の放射線骨障害(いわゆる放射線骨壊死)に関する臨床的観察―骨露出の過程と歯牙との関連について―.日口外誌,18:581-588,1972.
*2大石 伸一郎:顎骨切除を行った下顎骨放射線性骨壊死症例の臨床病理組織学的検討.日口外誌,47:8-18,2001.
*3松尾 美央子, 力丸 文秀,他:放射線性下顎骨壊死症例の検討.日耳鼻会報,113:907-913,2010.
*4野谷健一, 山崎裕,他:放射線性骨壊死の治療と予後 とくに手術の適応と時期について.日口外誌,38:1652-1658,1992.
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