2018/06/06
口の中のがん(口腔癌)は、初期なら治りますか?
歯の痛みを放置している人たちにとって気になるニュースが報じられた(*1)。
「命を奪った歯の痛み」というタイトル。
28歳のタイの女性が口の中のがん(口腔癌/こうくうがん)で顔面が変形、病名宣告からわずか1年10か月でこの世を去ったというものだった。
彼女を取材した「ザ!世界仰天ニュース(日本テレビ)」によると、「死亡率46%で、原因は飲酒や喫煙などの生活習慣であったり、虫歯の放置や、口の不衛生なども原因となる」という。
参考:「命を奪った歯の痛み」(2018年1月9日)「ザ!世界仰天ニュース(日本テレビ)」
歯の痛みを放置している人たちにとって、恐怖や不安を感じた方も多かったのではないでしょうか。
そもそも口腔癌(こうくうがん)とは何でしょうか。
本当に「口腔癌の死亡率46%」だったり、「虫歯の放置や口の不衛生が癌の原因となる」のでしょうか。
今回は、口の中のがん(口腔癌)について書きました。
「口の中のがん(口腔癌)は、初期なら治りますか?」という質問にもお答えします。
このページの目次
1)口腔癌(こうくうがん)のできる6つの粘膜
口腔癌(こうくうがん)とは、口の中にある6つの粘膜にできる癌(悪性腫瘍)です。
1 舌(舌癌)
2 上の歯肉(上顎歯肉癌)
3 下の歯肉(下顎歯肉癌)
4 頬(頬粘膜癌)
5 舌の下側(口底癌)
6 口蓋(硬口蓋癌)
口の中のがん(口腔癌)の中で、舌にできる舌癌(ぜつがん)が最も多いです。
腫瘍は、大きく良性と悪性に分かれ、悪性腫瘍(あくせいしゅよう)が癌です。
癌は、細胞の中にある遺伝子のいくつかにエラーが起こり、数多くの遺伝子が段階的に変化することで生じます。
「ザ!世界仰天ニュース」で報じられた内容に私は違和感があったので、簡単にお話しします。
2)胃癌や乳癌を大きく上回る!?「口腔癌の死亡率46%」という数字は本当か?
「ザ!世界仰天ニュース」の下記の内容に私は違和感がありました。
“実は口腔ガンの日本での死亡率は、なんと46%にもなる。
これは、胃ガンや乳ガンを大きく上回っていて、日本は先進国の中でも、死亡者数が年々増加しているのだ。”
確かに、がん死亡数は高齢化によって1985年の2倍を超えています。
そのため、日本は先進国の中でも、がん死亡数が年々増加している、のは事実でしょう。
しかし、私は下記の2つに違和感がありました。
1つ目、「口腔癌(こうくうがん)の死亡率46%」という数字です。
2つ目、「口腔癌の死亡率が胃癌や乳癌を大きく上回っている」という事実です。
そもそも、がん死亡率とはなんでしょうか。
がん死亡率は、ある期間にある地域においてがんによって亡くなった人の割合です(10万をかけて算出するため、人口10万人あたりのがん死亡率になります)。
「口腔癌の死亡率が46%」が本当だとすると、ある期間に日本で46%が口腔癌(こうくうがん)によって亡くなっていることになります。
もう少し詳しく説明しましょう。
3)口腔癌の死亡率は10万人あたり男女6.1人
1つ目の違和感、「口腔癌(こうくうがん)の死亡率46%」という数字についてです。
厚生労働省の人口動態統計によると、では、2016年の口腔癌と咽頭癌の年齢を調整しない粗死亡率は、男女で10万人あたり6.1人です。
年齢を調整すると、口腔癌と咽頭癌の死亡率は10万人あたり1.9人でした(全国年齢調整死亡率)*2
2つ目の違和感、「口腔癌の死亡率が胃癌や乳癌を大きく上回っている」という事実についてです。
2016年の胃癌の粗死亡率は男女10万人あたり36.4人、乳癌の粗死亡率は10万人あたり21.8人でした。*2
この46%という数字は死因における口腔癌の割合ではなく、口腔癌と診断された人(罹患者数)に対して、その期間に口腔癌で亡くなった人(死亡者数)の割合ということがわかりました。
4)口腔癌の発生率が世界で最も高い地域とその理由。
「ザ!世界仰天ニュース」で報じられた口の中の癌(口腔癌)について誤解して欲しくないのは、日本とタイを簡単に比較できない、ということ。
なぜならば、医療環境や生活習慣が異なるからです。
例えば、インドやスリランカなどの南アジアは口腔癌の発生率が世界で最も高い地域です。
南アジアおよび東南アジア諸国には「噛みタバコ」の習慣があるからです。
口腔癌の発生には、多飲酒、タバコ(口腔癌の死亡率を約4倍にする)、「噛みタバコ」などの生活習慣が影響します。
タイの「噛みタバコ」は、口腔癌の高い発生に影響していると考えられています(最近の若い人では減っている)。
またタイでは、高額な歯科治療を受けにくかったり、伝統的なハーブや漢方などの治療に頼ったりなどが口腔癌に対する受診を遅らせていることも報告されています(*3)。
世界中の数多くの国で、口腔癌の死亡率は、男性10万人あたり3〜4人、女性10万人あたり1.5〜2人と報告されています(年齢調整死亡率)(*4)。
5)初期の口腔癌の5年生存率は約9割
口腔癌は、大きさが2㎝より小さくて、首のリンパ節に転移がなければ、初期です(Stage Ⅰ, Ⅱ)。
Stage Ⅰ の口腔癌の5年生存率は85~95%です。
5年生存率とは、ある時点で口腔癌と診断された人が5年後に生きている割合です。
つまり、口腔癌と診断された人100人のうち5年後に亡くなってしまったのは5~15人で、85~95人が5年後も生きているという意味です。
初期を過ぎてしまっても口腔癌全体の5年生存率は70~80%です(*4)。
6)早期発見・早期治療のために歯科医院にいこう!
残念ながら、口腔癌の集団検診が死亡率を減少させるという質の高いエビデンスは今のところありません。
しかし、集団検診で病変を見たり触ったりすることで、口腔癌のほとんどをみつけることができます(感度と特異度いずれも80%以上)(*6)。
「一般社団法人 口腔がん撲滅委員会」が主体となって、歯科医院で口腔癌を発見することが可能になっていて、口腔がん検診を行っている歯科医院は全国に広まっています(*6)。
口の中の綺麗ではなかったり、歯の被せ物や義歯が合っていないと、口腔癌の発生に影響する、という報告がありますが、直接の原因になるという明らかな証拠はまだありません。
口腔癌は、転移のない初期であれば、9割近い5年生存率が期待できます。
いずれにしても早期発見・早期治療が治療成績に影響します。
だからこそ、口の中がおかしいなと感じる前に、かかりつけの歯科医院に受診するようにしたいですね。
参考文献:
*1ザ!世界仰天ニュース(日本テレビ)「命を奪った歯の痛み」(2018年1月 9日)http://www.ntv.co.jp/gyoten/backnumber/article/20180109_08.html
*2国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html#mortality
*3「Factors related to delay in diagnosis of oral squamous cell carcinoma in southern Thailand」Kerdpon D, Sriplung H.Oral Oncol. ;37:127-31, 2001.
*4「Global epidemiology of oral and oropharyngeal cancer」Warnakulasuriya S. Oral Oncol ; 45: 309-316, 2009.
*5『口腔外科学第3版』(医歯薬出版株式会社 / 白砂兼光・古郷幹彦 編)
*6 「一般社団法人 口腔がん撲滅委員会」
※本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。予めご了承ください。
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